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この機関車が、初めて日本の地を踏んだ時、そこには、輝かしい未来しかなかった。

秩父鉄道デキ5型


秩父鉄道は、1922年、国内としては、かなり早い段階に電化が完了した。当時、国内では、電化されている区間は、国鉄信越本線横川~軽井沢間、首都圏の一部ぐらいしかなかったので、かなり思い切った決断だった。
その際、当時から行われていた、秩父市の武甲山から産出される石灰輸送用に、アメリカの大手電機メーカー、ウェスティングハウスで新製されたのが、この、デキ1型。(ちなみに、この画像は、デキ5号機)

デキ1型は、国内初の幹線用の大型機で、当時、東海道本線の電化をもくろんでいた国鉄の注目とされるところとなり、組み立ては、国鉄大井工場で、同型機5両全て組み立てられた。
その際に学んだことは、後の電気機関車の製造に大いに役立ったとか。

その後、武甲山の石灰輸送だけでなく、1923年に創立した秩父セメントのセメント輸送などの貨物輸送に広く使われたが、より強力なデキ100型などが増備されるに伴い、次第に、入れ替え、小輸送、予備機扱いになり、デキ3~5号車が1984年に廃車。デキ1号車が1988年12月、最後のデキ2型は、実に1994年11月30日まで車籍が残っていた。

現在、デキ1号機は、秩父鉄道の終点三峰口駅の車両公園に留置、2号車は、広瀬川原の車両基地に、3、4号機は、資材会社の所有物となり、秩父線から見える場所にレールをつけて管理しているとの事。


そして、5号機は........朽ち果てるのみ....。

亡き父は、秩父鉄道で、ほとんど貨物駅ばかりに勤めておりました。デキ5号機の朽ち果てる姿は、まるで、父の姿をみるようで、悲しかったです。


窓も割れてます。



最後の検査の日付でしょうか?。


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