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広告の裏にでも書くようなことを書くブログですね。

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最近、ちょっと面白い話を聞いた。海外で傭兵をやっている高部正樹氏の本を読んだのだが、傭兵というのは、日々戦闘などで、”死”に直面している割には、”死”そのものについては、あんまり関心がなく、むしろ、ソレに至るまでの、”痛み”に関心が高いとの事。
傭兵は、基本的に国や組織から雇われて戦うのであるが、戦闘は、常に”痛み”がつきものだと思う。それも、銃弾が体に当たったり、砲弾の破片で手や足を切られたり、地雷を踏んで、足を吹き飛ばされたり....と、想像するだけで、寒気がするものである。そういうものがつき物の傭兵なのに、なんで!?。と思ってしまう。だが、”死”というのは、どういうものかは実際良く分からないが、”痛み”は現実である。例えば、誤って包丁で指を切ったとする。”とすると、"痛い”と言う感情が出てくる。程度の差はあれ、誰もが持つ感情である。
だが、自分はさておき、他人に対してはどうだろう。案外分かりづらいものである。それは、”他者”の痛みであって、自分は現実的には、”痛くない”からである。
特に、子供を育てていくにあたっては、"痛み”の認識は、結構重要な気がする。幼児だと、まだ、自分の考えがうまく言葉で伝えられないという”痛み”がある。それが、病気や怪我に関するものだと、理解するのが、実に難しい時もある。だからこそ、日々、”他者の痛み”に思いをめぐらす必要がある。そういった痛みを完全とはいえないまでも、理解し合おうという心が、お互いの理解を深めるのである。


なぜ、こんなことを書いたかと言うと、実は、自分の不注意から、息子に怪我を負わせてしまった。不幸中の幸いで、大事には至らなかったが、外出先から、直で病院に連れて行くハメになってしまった。
治療中、息子は、痛みに必死に耐えているのを見ると、本当にかわいそうで、こちらも、ひどく痛みを感じた。治療が終わったあと、安堵と、罪の意識から、息子を抱きしめた。
改めて、自分の息子に対する愛情を感じた。
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