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広告の裏にでも書くようなことを書くブログですね。

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最近チョイはまり気味な「アンフェア」。ますます訳がわからなくなってきた。先が見えない面白さに、毎週ドキドキしているのだが、色々なものが絡まりあって、実に複雑。篠原涼子って、結構男っぽくてイイねとか寝ぼけたこと言っているわけにもいかない。
で、かの御仁が、結構面白い推理をされておられる。
わたしは、推理小説自体あんまり興味がなかったので、たいした事もできないというか、登場人物も少々うろ覚え。ちょっと勉強しようか。原作を買って。
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最近、ちょっと面白い話を聞いた。海外で傭兵をやっている高部正樹氏の本を読んだのだが、傭兵というのは、日々戦闘などで、”死”に直面している割には、”死”そのものについては、あんまり関心がなく、むしろ、ソレに至るまでの、”痛み”に関心が高いとの事。
傭兵は、基本的に国や組織から雇われて戦うのであるが、戦闘は、常に”痛み”がつきものだと思う。それも、銃弾が体に当たったり、砲弾の破片で手や足を切られたり、地雷を踏んで、足を吹き飛ばされたり....と、想像するだけで、寒気がするものである。そういうものがつき物の傭兵なのに、なんで!?。と思ってしまう。だが、”死”というのは、どういうものかは実際良く分からないが、”痛み”は現実である。例えば、誤って包丁で指を切ったとする。”とすると、"痛い”と言う感情が出てくる。程度の差はあれ、誰もが持つ感情である。
だが、自分はさておき、他人に対してはどうだろう。案外分かりづらいものである。それは、”他者”の痛みであって、自分は現実的には、”痛くない”からである。
特に、子供を育てていくにあたっては、"痛み”の認識は、結構重要な気がする。幼児だと、まだ、自分の考えがうまく言葉で伝えられないという”痛み”がある。それが、病気や怪我に関するものだと、理解するのが、実に難しい時もある。だからこそ、日々、”他者の痛み”に思いをめぐらす必要がある。そういった痛みを完全とはいえないまでも、理解し合おうという心が、お互いの理解を深めるのである。

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